Monday 28 December 2009

St. Catherine’s Tor

このハートランドという土地は
コーンウォールとデボンの県境にあります
海岸には切り立ったごつごつした岩があり
波がいつも
ざぶんざぶんと
白く激しく打ち付けています
時々山伏のようなサーファーが
肩まで浸かって波を待っています

この地は激しく風が吹きます
引き潮時には
打ち捨てられた難破船が
何隻も海底に見えます

この一角に
風も遠慮気味に通り抜け
波も届かない
セント・キャサリンズ・トーという平地があります
丘と岩に挟まれて
そこだけがやけに静かです
ここでは嵐も息をひそめます
昔々こんなへんぴなところに
集落があったそうです
今でも崩れかけた石の壁が残っています
足を止めて心を落ち着けると
昔の人たちの魂が
飛びかっているのが見えます

平凡な木のゲートをさっき閉めたときは
知らないでいましたが

ここは時間の終わる場所
風となって飛びかっていた人々は
こうしてこの地に集まり
石の壁に座っています
今はただ木や草や小川となって
存在するだけにしても

Thursday 24 December 2009

酔い

甘くて強い酒をグラスに注いで
少しだけなめる
舌がしびれても
かまわずなめ続ける
のどの下のほう
胃の少し上のあたりが熱を持つ
意識がすこし緩んでくる

今や離れた場所で
醒めた目で自分を見ている
この妙な声もわたしのものだろう
グラスの残りをぐっと一気に飲み込む
みぞおちを殴られたような
重い衝撃を感じて
ベッドに倒れこむ

意識にいよいよカーテンが下りてくる
死なないまでも
こうしてしばらくフェードアウトして
出来るだけ遠くまで
闇の中を行けますようにと
祈りともいえない
祈りを唱える

Wednesday 23 December 2009

午後6時、夏の海

まだ夕焼けには早い夏の海を
立ち去りかねて振り返る
砂浜にまばらに散らばるのは
海水浴客とサーファー
営業を終えて帰っていった
ライフガードのバンの跡

何が心を捉えるのかわからず
私は荷物を足元に下ろし
その場にしゃがみこむ
そして否応なく
この光景の証人となる

大きな絵に吸い込まれる
この場を去り
どこかに行く先が
ついさっきまであったはずだが

今はこの広い空間に
ぺっと
吐き出されたように
行き場をなくした旅人のように
たたずむ
日は傾いていく
潮は満ちていく
私は動けずに砂の上にうずくまる

Tuesday 22 December 2009

最後の海

サーフボードを抱え
震えながら水から上がる
塩辛いしずくを垂らしながら
早足で岸に向かう

背中に温かさを感じ
振り向くと
太陽が海に傾きかけていた

固くまっ平らな砂浜が
海水と交じり合い
海とつながる場所で
もう一度海を見る

もう海水浴客は来ない
アイスクリーム屋も店を閉めた

勇敢なサーファーが一人
冷たい水に首まで浸かり
水平線の向こうを睨みながら
じっと
最後の波を待っている
日が沈んでしまわないうちに
もう一度だけ
波しぶきの先端に立つために

砂浜には
律儀に義務を遂行するライフガードが
ランドローバーの中から
双眼鏡でじっとサーファーを見ている

誰もが何かを凝視し
何かを待っている
日が暮れるまでの短い時間に
海の向こうの何かを
もう一度だけ
確かめるために

その光景を私は心に納める
昔の記念写真のように
カバーにはさんで
胸にしまいこむ

いつの日か
悲しくなることが起こったとしても
この光景を思うと
心が凛とするだろう
私はまだ美しいものとつながっているのだと
思い出すことが出来るだろう

Friday 18 December 2009

あなたは歌う

あなたは歌う
さわさわと風の流れる
どこまでも広い平原に立つように

見渡す限りの海原を
白いヨットですべっていくように

ツバメが自由自在に
夏の空を横切っていくように

人気のない深いプールの底を
息を止め千々にきらめく光と泳ぐように

優しい友達が
無言で手を握ってくれるように

恋人が枕元で
静かに平安な寝息を立てるように

あなたの歌は
心を自由にする

変わることのない確かな手が
あなたの中から
ためらいなくとりだした
その歌を聴き
私も同じ手に包まれる

深い森の中のしっとりとした匂いの中で
木漏れ日を見るように

その透けて見える薄緑の木の葉の
若々しい輝き

そこにいるのは
今の私になる以前の
新しくやわらかい私で

その私はじっとしていられず
光の中で踊りだす

体の中が嬉しさで満ち溢れ
飛び跳ねないではいられないように

そして透き通る小川に
美しい小魚が
音を立てずひっそり泳いでいくように

夏の静かな雨が
乾いた地面に慈悲深く染み透っていくように

あなたは歌う

Saturday 5 December 2009

悪天候

突然に大きな音を立てて
雨が打ちつける
ぱちぱちとはじけながら
雹が降る

部屋の中から
後を追うような
ごうごうという風を聞く

どれだけ多くの水が
川を流れるだろう
水かさの増した川は橋を失い
人家を水浸しにするだろう

時には激しく
時には静かに執拗に
雨はもう何日も降り続いている
ニュースでは
洪水になった町や
ボートで救助される人々を映す
温かく守られた家の中で
考える
この雨も
誰かの生活に浸水し
大切なものを腐られていくのか

家の前の道は
すでに小川のように流れ
あふれた排水口からは
泥水が噴き出す
もうじき
道を歩くことも危なくなるだろう

そんなことを考えながら
叩きつけるような屋根に降る
雨の音を聞きながら
それでもその傲慢さに
少し
心が動く

次の豪風は
屋根瓦を飛ばすだろうか
そしてそれは
表に停めた車に当たるだろうか

思いをめぐらせる
風雨の立てる虚勢に恐れ入りながら
私の心はピンの先のように
研ぎ澄まされていく

風の歌を聴く
こどもの熱にうなされた重い息と
暖房の立てる
ささやくような音を聞く

葉を失った木々が
いっせいにざわざわと音を立てる
落ち葉が舞い上がっては
ぱらぱらと降ってくる
プラスチックの植木鉢が
カラカラと転がっていく

額にのせられた手ぬぐいは
もうすでに熱を持っている
枕の横に置かれた腕は
ぐったりと重く動かない
胸に塗った
メンソールのにおいが部屋に満ちる

向かいの壁にもたれて
床に座り
目を閉じる
つらく荒い呼吸を聞く

風はまだ歌っている
カーテンのむこうの窓を
雨が打ちつけ始める
夜の闇をこつこつと
時計の音が
几帳面に刻んでいく

Tuesday 17 November 2009

この世の終わり

風がこの世の終わりをつれてくる
ひゅるひゅると木々の間を抜け
轟々と
家を揺らす
世界の果てから
強く重い足音がやってくる

その騒動に煽られて
コートと帽子を着こんで
心を決めてドアを開ける
吹きつける風の中に
決定的な一歩を踏み出す

隣家のイチジクの大きな葉が
一斉にグレーの空に舞い上がり
私の庭は
枯葉の波に溺れれる
波はしけとなり
ぐるぐると渦を巻き
そして空に吹き上がる

鈍器のような空気が
暗雲を呼び寄せる
空が重く低くなり
スピードを上げて
闇が彼方から近づく
風がますます強まり
いよいよ
この世の終わりがやってくる

そして
巨大な醜い指が
the end  と書かれた赤いボタンを押すと
一気に雨が落ちてくる
乱暴で粗雑な子供のように
激しい音を立てて
屋根や窓を叩く

庭があった場所で私は
腕を大きく開いて
顔を空に向けて
大粒の水滴を顔に受ける
強く
もっと強く頬を打て
口をあけて
のどに水を流し込む
ごくりと飲み込ん
あとは口から喉へ
絶え間ないよだれのように滴り落ちる

コートはぐっしょりぬれ重石となり
私を地面にしっかりと固定する

キリストの格好で
雨に打たれ
風を受け
闇を呼ぶ
雨は雹に変わり
家や車を破壊する
雹は雪に変わり
吹雪となり
視界を遮る
稲妻が瞬き
雷が落ちる
竜巻が暴れ始める

私は世界の中心に立ち
この世の終わりを呼ぶ
ますます近づく足音が
私を地面に強く縛り付ける
遠くなりかける意識にしがみつき
仁王立ちで
その光景を見届ける

Monday 19 October 2009

関係

抱き上げると
まずはおとなしく手に収まる
そしてゆっくりと辺りを見回す
私には見えない何かに視線を止め
にゃあと鳴いて
音も立てず
ふわりと腕から飛び降りる

猫は外から帰ってくると
私のほうにまっすぐやってくる
ハローハローと
何度も甘い声で鳴き
ハローと返事をすると
もう別のソファーに座り
毛づくろいをはじめている

何かの温度を感じたくて
柔らかい首に下をなでる

あなただって
まんざら私のことが嫌いでもないのでしょ

猫は私を見る
目を細くして
のどをごろごろ鳴らす

しばらくすると私は飽きて
席を立つ
すると猫は
やっと行ったかというように伸びをして
また丸くなって眠る

Monday 12 October 2009

引き潮

海の底を歩く
水深は1センチ
海に追いつこうと
水は足の下をすべり抜ける様に引いていく

水平線まで続いているかのような
遠浅の砂を踏みしめながら
海へ向かう

幾重にも描かれた
海底のタペストリーは
水に洗われて
自慢げに姿をさらす

夕方の強い光は
まだまだ今日が十分に残っていることをほのめかし
わたしは
心がわくわくするのを隠せない

光!
光!
光!

この遠い欧州の秋にも
夏の残影は
まだたっぷり残っているのだ

引いていく波に足を洗われながら
早く早くとせかされ
私は海へと足を速める
駆け足になり
息が止まるような冷たい水に服を濡らしながら
さぶさぶと海を進む

Sunday 11 October 2009

泳ぐ

地上での暮らしに疲れると
水の中にもぐる
ゆっくりとしたペースで
プールを往復する
水底の黒線は
私の行く手を迷うことなく指し示す

水の中の世界では
光は千々に踊り
地上の喧騒も
そこまでは届かない
時間が流れ方を変える

次第に
体温は水と同化する
羊水の中では
どこからが体でどこからが水なのか
わからなくなる

空を飛ぶような
なめらかな努力で
泳ぎ続ける

2つの世界のちょうど交わるあたりで
わたしは水面に上がるのをためらう
もう少し息を止めて
この世界にとどまりたい

あともう少し
あともう少し
息を止めて
もうちょっと

突然
はじかれたように水面に飛び出す
大きく息をついで
心臓の激しさに驚く

体をぶるっと震わせて
プールの底を探して足がもがく

生きているのだ
水の世界に2分ととどまれぬほど
わたしは生きることを欲しているのだ


命はそんなにも激しい力で
わたしを地上界に放り出すのだ

Tuesday 6 October 2009

死んだ翌日

死んだ翌日に
あの子は私のところにやってきた

寝苦しい夜明け
きっちり6.00AMに目が覚める
そして再び目を閉じると
そこにあの子はいた

もう痛くないないから大丈夫
心配要らないよ
あつこもがんばって

そういって笑った

弱々しい冬の朝日が差し込み
再び目を覚ます
ああ夢だったのだなあと
その朝は思った

今ではあれは夢ではなかったと思う

わたしの心が映し出した影は
わたしの中に入り込んだ
あの子の心だったのだろう

あの朝以来
あの子はやってこないのだが
それでも時々
強く存在を見せる

おそろいのペンダント
わけもなく昨日
首から落ちたよ

携帯

携帯に電話したら
ご主人が出た
彼の声を聞いて察しがついた
「ああ、厚子さんですか」と彼は言った
今まで一度もあったことのない人なのに
優しい親しみのこもった声だった

「今日の早朝、逝きました」

命ある世界に踏みとどまろうとしながらも
少しずつ彼女は
死の世界に足を進めていた
こちらとあちらの世界の
薄い薄い壁の向こうに
半分溶けていくような彼女を
わたしは強引に引っ張り出し
たったおととい
病院の近くのファミリーレストランで
食事をしながら
他愛ない昔話を交わしたのだった

病院の入り口で
その夜さよならを言うときに
どちらからともなく手を差し伸べて
握手した
抱き合ってキスする習慣のない私たちには
精一杯のことだった

命とはしっかりと形あるもので
そんな風に確実に手に握れるものだと
わたしは思い込んでいたが
彼女はただ
強く脈打つ私の手の
温かさを感じたかったのかもしれない


そして
「もう時間だから」と
笑って手を振って
病院のドアのむこうを
振り返らずまっすぐ歩いて行った

それが最後になることを
わかっていながら
もう言葉を交わさなかった

Sunday 4 October 2009

9月


日陰を選びながら
アスファルトから湧き上がる熱の中を
30分歩いた
近づくごとに膨れる歓声を聞きながら
毎日のように通ったプールは
もう閉めてしまった

調子に乗って何匹もセミを捕った
虫かごに入れたまま
それをベランダに放りっぱなし
昼ごはんを済ませると
もう全部死んでいた
朝セミの声で起こされることももうない

わたしの最後の夏休みはいつのことだったのか
そのときにはそれに気づかず
夏の日を無為に過ごしたのだろう
暑さにすっかりくたびれて
不用意にも
秋風を待ちわびたのだろう

ひとつ夏が去るごとに
自分が少しだけ褪せていくことに
気がつきもせず
その失われるものの意味もわからず
当然のごとく
季節を跨いでいったのだろうか

明日からはまた
子供たちの学校が始まる

Friday 2 October 2009

新じゃが

ガーデンフォークを
そっと地面に埋め込ませ
力をうまく、微妙にかけて
土を持ち上げる

あった
あった
七つ、八つ
卵くらいの大きさの
今年初めてのジャガイモ

たった3ヶ月前に
そっと土深く埋めた
お母さん芋が
沢山の子供をうんだ
土の中に手を入れて
指で泥をこすり落とす
匂いをかぐ

ナメクジに食べられた
フォークが刺さって割れている
丸いの長いの
大きいの小さいの

晴れた日と
雨の日と
風の日の
空気がしっとりと混ざりあい
奇跡が出来た

その命を私たちはもらって
また命の奇跡がつながっていく

Tuesday 29 September 2009

大西洋


大西洋を目の前に立つ
岩礁へ入り込む波を見ながら
前この同じ場所に立ったのは
いつだったろうかと思う

同じ光ではない
けれども夏の来る前に
確か数ヶ月前に
私はこの同じ場所で海を見た
近くに海を感じ
いても立ってもいられずに車を飛ばしたのだった

打ち寄せる潮のしぶきを見ながら
広がる空の光と
圧倒的な水かさの前に立ちながら
私は自分が違うことを感じる
恒久の前で
私という媒体が
変わってしまったことを知る

確かな渇きを
自分の中に見つける
満たしきれないのだ
優しい夏の光も
人っ子一人いない海も
どこまでも広がる空間も

私の中身が暴き出される
何も隠すことができなくなる
いともあっさりと
心はぽんと
無防備に裸で放り出される

それでも海は相変わらず無関心を装う
私が変わろうが変わるまいがかまいなく
私を洗い続ける

Tuesday 22 September 2009

雪融け


晴れ渡った早い春の朝
昨夜降り積もった雪が融けだす

汚れた長靴も欠けた鉢植えも
トタンの屋根も
コンクリートのひび割れも
今朝こそは晴れ晴れとしているというのに

早足で駆け抜けていった冬の名残は
頭上まで昇った日に照らされて
醜く形を崩していく

わたしはといえば
大きな窓の近くで
胡坐をかき目を閉じる
呼吸を数える
春の光に
喜びを隠しきれずさえずる鳥の声を
遠くに聞く

すると聞きなれない音

雪が
とけている音だ

冬には冬が
そして春には春が
季節はこともなげに
その美しい役割を果たす

向かいの屋根から滴る雪水は
ドライブを流れ車道に届き
坂を駆け下り原へ向かう
そこから先は地面に吸い込まれ
海までたどる

雪が消えた後も
日は地面を照らし続けている

先週初めてスノードロップの花を見た
今では
真っ白な花が生垣を覆う

Sunday 20 September 2009

無花果

今日スーパーに行くと
大きな無花果が並んでいた

指で
ひとつひとつ触ってみる
一番熟れた6つを袋に入れ
買い物籠の一番上に
ていねいにのせる
まるで鳥の雛を持ち上げるように
家までそっと持って帰る

白いお皿にひとつのせ
テーブルの上におく
椅子の上にまっすぐ腰掛け
背筋を伸ばして食べる

先端を折ると
白濁した液が練乳のように
どろりとたれる
ていねいに
できるだけ薄く皮をむく
記憶をぐるぐると
匙でかき混ぜるにおいがする

色白の女性の肌のような
赤く透ける白い塊を
口に運ぶ
一口噛み取る
頼りない感触のあとの
ざくっとした歯ざわり
そして
肉感的な甘み
ゆっくりと咀嚼し
そして飲み込む

皮を捨て
手を洗う
ミルクのついた指は
漆のごとくべとつき
後ろめたいことをしたかのように
水を流し続ける
いつまでも無花果の記憶にとらわれる

子供のころ庭に無花果の木があった
それに一度だけ実がなった
それを口にしたのかどうか、
どうしても思い出せない

Saturday 19 September 2009

のみのくすり

のみのくすりをつけると
ロケットのように腕を飛び出し
外に逃げていく
獣医にも行けない
気の弱い猫

コンピューターに向かう私の目を避け
柱の陰に隠れながら
こっそり階段を下りていく

男の子の寝室に滑り込み
ベッドの下に隠れる
もぐりこんで手を伸ばすと
またはじかれたように飛び出し
次は女の子の部屋の
ベッドの下の入り込む

かわいそうな猫は
大好きなママが今夜は怖い

カーテンの後ろでやっと捕まえて
腕に抱き上げる
全身をひねり
飛び降りようとする猫を
しっかりと支えて抱きしめ
額をなでる
のどをなでる
やっとごろごろと
聞きなれた音が聞こえる

もう大丈夫
怖くないよ
いつもの優しいママだよ
台所でこっそりと鳥のささ身をくれる
猫に甘いママだよ

きらくなネコのせかいにも
時には
ふかかいなうらぎりがやってくる

誰をしんじていいものか
誰をあいしていいものか

ごめんね

お母さんはその白いTシャツを
昨日洗ったばっかりなのですよ
洗濯機では落ちきらなかった染みが気になり
またごしごしと洗い直して
固く絞って干したんですよ

夕方になっても乾かず
アイロンをジュッとあてて
湿り気を取ったんですよ
それを丁寧に畳んで
今朝あなたが学校に行っている間に
引き出しに入れておいたんですよ

そのT シャツを
今日学校から帰ってきたあなたは
嬉しそうに身に着けました
そしてさっきお母さんが作ったばかりの
チョコレートケーキをぱくっと食べました
茶色いソースはだらりとこぼれて
Tシャツの胸に落ちました

今日はお母さんはずっとお仕事で
お昼ごはんも食べていません
でも大急ぎで家に帰ってきて
そのケーキを作ったんですよ
お母さんはとってもおなかがすいていて
1日中座っていなくて
これからまだ山ほど家事があるんですよ

それなのにそのTシャツを
また手でごしごしと洗わなければいけません
お湯につけて
石鹸でごしごしと
ごしごしと
そしてそれをぎゅっと絞って
ぎゅっと絞って
外に干しに行かなければ行けません

ごめんねお母さんは
怒りすぎました
何度も何度も言い過ぎました

そんなことは誰でもあることなのに
わざと汚したわけでもないのに
お母さんだって本当は
時々食べ物をこぼすのに

「ごめんなさい」
と言ったあなたは
いじらしくてかわいくて
お母さん悪かったなーって
本当は思ったのに
でもやっぱり疲れてておなかがすいて仕事がたくさんあって
「お母さんこそごめんね」って
言ってあげられなかった

ごめんね

ギリシャの魚


魚を2匹まな板にのせる
躊躇したあと
ぐっと素手で頭を抑えて
包丁で切る
勢いをつけて強く力をいれ
体重をかける
頭が胴体から離れる


それを二つ皿に並べる
頭を西に
尾は東
そして顔を見比べる


口の形が違う
目の位置もほんの少しずれている
あごの大きさも右のが大きい
まるで男女や大人と子供のように
2匹の個別の魚たち


昨日の朝はね
僕らはね
ギリシャの海で泳いでいたの
こんな風に
頭を西に
尾は東


魚屋で一緒に並んでた
たくさんの仲間たちと
海の底に潜ったり
太陽のきらめく浅瀬で遊んだり
一日楽しく泳いでいたの


でも罪の意識は不要です
僕たちは1匹1ポンド
堂々とこうしてまな板に並んで
遠い西のかなたを見やります


魚の僕らと
人間のあなたと
こうしてここで一体となります


僕の体の中に少しだけ残っている
ギリシャの海が
あなたの全身にも行き渡ると良いのですが