Tuesday 29 September 2009

大西洋


大西洋を目の前に立つ
岩礁へ入り込む波を見ながら
前この同じ場所に立ったのは
いつだったろうかと思う

同じ光ではない
けれども夏の来る前に
確か数ヶ月前に
私はこの同じ場所で海を見た
近くに海を感じ
いても立ってもいられずに車を飛ばしたのだった

打ち寄せる潮のしぶきを見ながら
広がる空の光と
圧倒的な水かさの前に立ちながら
私は自分が違うことを感じる
恒久の前で
私という媒体が
変わってしまったことを知る

確かな渇きを
自分の中に見つける
満たしきれないのだ
優しい夏の光も
人っ子一人いない海も
どこまでも広がる空間も

私の中身が暴き出される
何も隠すことができなくなる
いともあっさりと
心はぽんと
無防備に裸で放り出される

それでも海は相変わらず無関心を装う
私が変わろうが変わるまいがかまいなく
私を洗い続ける

Tuesday 22 September 2009

雪融け


晴れ渡った早い春の朝
昨夜降り積もった雪が融けだす

汚れた長靴も欠けた鉢植えも
トタンの屋根も
コンクリートのひび割れも
今朝こそは晴れ晴れとしているというのに

早足で駆け抜けていった冬の名残は
頭上まで昇った日に照らされて
醜く形を崩していく

わたしはといえば
大きな窓の近くで
胡坐をかき目を閉じる
呼吸を数える
春の光に
喜びを隠しきれずさえずる鳥の声を
遠くに聞く

すると聞きなれない音

雪が
とけている音だ

冬には冬が
そして春には春が
季節はこともなげに
その美しい役割を果たす

向かいの屋根から滴る雪水は
ドライブを流れ車道に届き
坂を駆け下り原へ向かう
そこから先は地面に吸い込まれ
海までたどる

雪が消えた後も
日は地面を照らし続けている

先週初めてスノードロップの花を見た
今では
真っ白な花が生垣を覆う

Sunday 20 September 2009

無花果

今日スーパーに行くと
大きな無花果が並んでいた

指で
ひとつひとつ触ってみる
一番熟れた6つを袋に入れ
買い物籠の一番上に
ていねいにのせる
まるで鳥の雛を持ち上げるように
家までそっと持って帰る

白いお皿にひとつのせ
テーブルの上におく
椅子の上にまっすぐ腰掛け
背筋を伸ばして食べる

先端を折ると
白濁した液が練乳のように
どろりとたれる
ていねいに
できるだけ薄く皮をむく
記憶をぐるぐると
匙でかき混ぜるにおいがする

色白の女性の肌のような
赤く透ける白い塊を
口に運ぶ
一口噛み取る
頼りない感触のあとの
ざくっとした歯ざわり
そして
肉感的な甘み
ゆっくりと咀嚼し
そして飲み込む

皮を捨て
手を洗う
ミルクのついた指は
漆のごとくべとつき
後ろめたいことをしたかのように
水を流し続ける
いつまでも無花果の記憶にとらわれる

子供のころ庭に無花果の木があった
それに一度だけ実がなった
それを口にしたのかどうか、
どうしても思い出せない

Saturday 19 September 2009

のみのくすり

のみのくすりをつけると
ロケットのように腕を飛び出し
外に逃げていく
獣医にも行けない
気の弱い猫

コンピューターに向かう私の目を避け
柱の陰に隠れながら
こっそり階段を下りていく

男の子の寝室に滑り込み
ベッドの下に隠れる
もぐりこんで手を伸ばすと
またはじかれたように飛び出し
次は女の子の部屋の
ベッドの下の入り込む

かわいそうな猫は
大好きなママが今夜は怖い

カーテンの後ろでやっと捕まえて
腕に抱き上げる
全身をひねり
飛び降りようとする猫を
しっかりと支えて抱きしめ
額をなでる
のどをなでる
やっとごろごろと
聞きなれた音が聞こえる

もう大丈夫
怖くないよ
いつもの優しいママだよ
台所でこっそりと鳥のささ身をくれる
猫に甘いママだよ

きらくなネコのせかいにも
時には
ふかかいなうらぎりがやってくる

誰をしんじていいものか
誰をあいしていいものか

ごめんね

お母さんはその白いTシャツを
昨日洗ったばっかりなのですよ
洗濯機では落ちきらなかった染みが気になり
またごしごしと洗い直して
固く絞って干したんですよ

夕方になっても乾かず
アイロンをジュッとあてて
湿り気を取ったんですよ
それを丁寧に畳んで
今朝あなたが学校に行っている間に
引き出しに入れておいたんですよ

そのT シャツを
今日学校から帰ってきたあなたは
嬉しそうに身に着けました
そしてさっきお母さんが作ったばかりの
チョコレートケーキをぱくっと食べました
茶色いソースはだらりとこぼれて
Tシャツの胸に落ちました

今日はお母さんはずっとお仕事で
お昼ごはんも食べていません
でも大急ぎで家に帰ってきて
そのケーキを作ったんですよ
お母さんはとってもおなかがすいていて
1日中座っていなくて
これからまだ山ほど家事があるんですよ

それなのにそのTシャツを
また手でごしごしと洗わなければいけません
お湯につけて
石鹸でごしごしと
ごしごしと
そしてそれをぎゅっと絞って
ぎゅっと絞って
外に干しに行かなければ行けません

ごめんねお母さんは
怒りすぎました
何度も何度も言い過ぎました

そんなことは誰でもあることなのに
わざと汚したわけでもないのに
お母さんだって本当は
時々食べ物をこぼすのに

「ごめんなさい」
と言ったあなたは
いじらしくてかわいくて
お母さん悪かったなーって
本当は思ったのに
でもやっぱり疲れてておなかがすいて仕事がたくさんあって
「お母さんこそごめんね」って
言ってあげられなかった

ごめんね

ギリシャの魚


魚を2匹まな板にのせる
躊躇したあと
ぐっと素手で頭を抑えて
包丁で切る
勢いをつけて強く力をいれ
体重をかける
頭が胴体から離れる


それを二つ皿に並べる
頭を西に
尾は東
そして顔を見比べる


口の形が違う
目の位置もほんの少しずれている
あごの大きさも右のが大きい
まるで男女や大人と子供のように
2匹の個別の魚たち


昨日の朝はね
僕らはね
ギリシャの海で泳いでいたの
こんな風に
頭を西に
尾は東


魚屋で一緒に並んでた
たくさんの仲間たちと
海の底に潜ったり
太陽のきらめく浅瀬で遊んだり
一日楽しく泳いでいたの


でも罪の意識は不要です
僕たちは1匹1ポンド
堂々とこうしてまな板に並んで
遠い西のかなたを見やります


魚の僕らと
人間のあなたと
こうしてここで一体となります


僕の体の中に少しだけ残っている
ギリシャの海が
あなたの全身にも行き渡ると良いのですが