Tuesday 19 October 2010

詩人のアドバイス

常套句を避けよと詩人は言った
人が共用する言葉の中に
新しい言葉を作り出せと
誰も言わなかった言葉を
万人に向かって堂々と語り
それを再び分かち合えと

薄闇の中を目を凝らしながら歩き回り
魂の一片を見つけたのなら
それを乗せる言葉を探し当て
遠くに飛ばそう
舌の先で
空気の味を感じるように
すくい上げ
文字にする
そしてそれを読み上げる
その音に耳を澄ます

それはささやきとなるかもしれない
さざ波となってささやかに遠くまで広がるかもしれない
誰かが大きな声で叫び
ある者は耳をふさぎ
ある者は逃げ出すかもしれない
その言葉の結晶を
幾人かはつかむことができるだろう
暗く寒い夜に
一人っきりの場所でそっと手を開いて
それが溶け出すのを大切に待つだろう

そんなふうに詩を書きたいと願う
そんなふうに言葉を発したいと思う
声を探し続ける
堂々と
いつまでも
いつまでも
言葉を探し続ける

Thursday 14 October 2010

冬の記憶

暖炉の薪の
ぱちぱち立てる火の粉を見る
そして手をかざして
においをかぐ
冬の匂いだ

記憶の後ろのほうから
何かをひっぱり出せそうな匂い
森の中を歩く
深々した枯葉の中に
皮のブーツを沈ませて
滑らないようにリズムよく
呼吸を整えて歩く
頭上の木々は大半の葉を落としたものの
暑く低い雲の広がった空からの
太陽の光は
もう地面には届かない

瓦葺の屋根が自慢の
築四百年のパブ
控えめなクリスマスの飾りを見ながら
古いテーブルに座り
酒をすする
記憶の中のワインは
なぜかいつも温かく甘い
かすかに漂うもみの木の匂いが
デジャブのように
今年と去年をつなぐ

コートを着て
マフラーをしかり巻いて
ドアノブに手を掛け
覚悟を決めるように寒空の下に踏み出す
空気の澄み切った冷たさが
肺にしみこむ

冬の匂いがつながる
それはまたもっと古いものにつながっている
たどる先にあるものは他愛ない情景だと
わかってはいるものの
それを頭の隅で
いつまでもたどり続ける

ハロウィーン

手をつなぐには大きくなりすぎて
でも一人で行くには小さすぎる
兄と妹は
並んで家を出る

手には懐中電灯と
お菓子を入れるかごを下げ
ドラキュラのコートと
おどろおどろしい入れ歯をつけ
初めて二人だけで
暗がりの中を出かける

「車に気をつけて」に
生返事を返し
近所の家まで
話をしながら消えていく
兄は前を見ながら
妹は私を振り返りながら
ハロウィーンの闇の中に
吸い込まれていく

10分後には私は時計をみあげるだろう
そのあと1分ごとに時間を気にしては
窓から外を見るだろう

子供たちは早足で帰ってくる
寒さで頬を赤くし
冷たい手に提げた戦勝品を振り回し
誇らしげに大きく足音を響かせて
このドライブにもどってくるだろう

Wednesday 13 October 2010

心を離す

話に相槌を打っても
聞いていないのだとわかる
そのことはとがめるでもなく
音もなく息をつく

私たちは少しずつ
生活に侵食される
そうして少しずつ
お互いから遠ざかる

何かをしてつなぎとめなければ
ばらばらにこぼれ落ちてしまうのに
私たちは手をこまねいて
何もしようとしない

私たちの間の細い糸を思う
あなたを行かせようか
このまま自由に
心を宙に浮かせようか

それでも私たちは
つながっているだろうと思いあたる
そのことを嬉しく思わないわけではないのに
私は少し
途方にくれる

日本を思う

重く暗いイギリスの朝
目覚ましを止めたあと
生暖かいベッドの中で
のどの奥に冷たい空気を感じる
雨の音を聞きながら
混乱が醒めるのを待つ

昨日の夜を思い出す
これといった必要も無いのに
長々とコンピューターの前に座り
日本からのメールを待った
そしてあきらめかけて寝床に入ったものの
電気を消せなくて
本を読んだのだった

日本ではもう
1日の大半は過ぎてしまい
人々は帰宅のことでも考えているのか
今夜は誰とどこで飲もうか
それともまっすぐ家に向かうかと

メールは来ているのだろうか

私の一日はぐずぐずと始まる
自動運転に切り替えて
エネルギーを目の前の仕事だけに集中して
今日一日分の
家族全員のねじを巻く

家に人がいなくなると
細々と簡単な朝食を済ます

日本からのメールは来ているだろうか

コンピューターが息を吹き返すのを待ちながら
昨日と今日をつなげる作業をする

日本の秋の空が高いことを
突然思い出した