Monday 31 January 2011

ライオン

猫がぷいと出て行ったあとの
ソファーのくぼみに触れる
温かさが残っているかと思ったのだが
小さな動物の体温は
すぐに消えていた

出て行った猫を探すことはできない
勝手口に立ち
大声で二度呼んだが
彼の耳には
届かないらしい

雑草や潅木が生い茂り
荒野となった庭を
堂々と
まるでサバンナのライオンのように
猫は歩いていく
そしてどこかに
姿をくらましてしまう

ある朝
猫は帰ってこなかった
前夜足しておいた餌も水も
口がつけられていなかった

ここが彼の家というわけでもなく
私に属すというわけでもない
ある日いつものように
ソファーから立ち上がり
のそのそと眠たげに歩いて戸口を出れば
私のところに
戻ってくる義務は無いのだ

長い草の間を歩く猫を想像する
身動きせず体を固くして
獲物を狙い
スプリングのようにすばやく襲い掛かっては
満足げにそれを食す姿を思い描く
柔らかい草に寝そべり
前足をなめては
丁寧に顔を拭く

そして家のほうを一度だけ振り返ると
隣の草原を目指して
歩き出す
そしてその先の荒野を目指して
そしてその先の荒野を目指して
どこまでも
生い茂る藪の間を抜けていったのだろう

心にさっと風が吹き抜ける
アフリカの温かい風が
遠くまで
遠くまで
吹き抜けていく



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Friday 28 January 2011

一月の風

窓際に並べられたクリスマスカードは
もう整然とはしていない
ドミノのように倒れたまま
いつの間にか部屋の風景になじむ

そのうちの一枚を手に取る
二週間ほどのうちに
すっかりしみこんだ楽しい気分を惜しむように
また一枚また一枚と手にとっては
カードを眺める

そしてそれを順番に重ねて
丁寧に分厚い束にする

窓際はクリスマスの暖かさを失い
居心地悪く
殺風景になる
ふっと息を吹きかけると
ほこりが舞い上がる
窓を大きく開けて
外の空気をさっと送り込む

その冷たさにはっと息をのむ
そしてはじかれたように急いで
次の窓も
その次の窓も
全部開け放つ
階段を駆け下りて
寝室にも
子供部屋にも
風を入れる

大きく息をしながら立ち止まり
手の中のクリスマスカードの束に気づく

すっかり寒くなった部屋で
それをどさりと
ゴミ箱に放り込む

Monday 24 January 2011

夜番

12時を廻るころに夜番をする
廊下の電気をつけ
子供部屋に忍び込む

もう布団をけることも
ベッドから落ちることも無くなった彼らの
呼吸を確かめる習慣は
今も続く

電池が切れたかのように
だらんとベッドに寝そべる姿は
数時間前より
ひとまわり小さい

誰かがこっそりドアを開けて
足音を忍ばせて入ってくる
それを知らない無防備さが
心をとがめる

さっと見回し
部屋を出る
明かりを消すかちりという音に
寝返りを打つのが分かる

愛しいものが
夜の暗さに拡がる
闇と交じり合い
私の皮膚に浸透していく

外は限りない星空
今宵も月は
幸福の影を
くっきりと映し出す

こより

あなたを他の人にとられる前に
私達が出会っていればと思う
今ならどうってことのない年の差も
その頃の私達には
大きく感じられたことだろう

まだ恋愛を夢見る頃に
二人が出会い
最初の恋人であったならと思う
そうすればすんなりと
何一つややこしいことなく
当たり前に結婚していただろう

結婚するまでには
たくさんけんかをし
嫉妬し嫉妬され
何度も泣いたことだろう

結婚してからは
せっせと晩御飯を作っては
深夜まで戻らないあなたを待っただろう
浮気を疑って
こっそりワイシャツの匂いを嗅いだかもしれない

突然激しく
どこかから
笑いがこみ上げてくる
自分の声の妙な音に
さらにおかしさがこみ上げて
ははははと笑っては
はっと我に返る

何年も遠く離れて
会えないことに慣れてしまった
私達の生活を思う
そして自分が案外けろりとしているのに
気づく

さっきあなたと電話をしながら
無意識でティシューで作ったこよりを
拾い上げる

それをゆっくり
丁寧にほどいて
窓の光に透かして見る

Monday 17 January 2011

マグダラのマリア

あなたの足に
香油を注ぐ
あなたを待つ運命を知る
あなたを失うことを知る

夏の夜の闇に
オリーブの木の下で
石榴がこぼれるように交わった
あの確実な肉体を
湿った肌を

今では
遠くに思い出す
手が届くかと思えば
するりと消えてしまう
ああ
幻のような記憶を

あなたの選ぶ運命を
許そう
わたしに背を向け
群衆に顔を上げるあなたを
許そう

私は立ち上がって
群集に混じり歩く
地面の
一つ一つの足跡をたどり
最期まで姿なく
あなたの後をついて行く

あなたが神の栄光とされ
私から完全に奪われてしまっても

あなたが救う世にあって
私だけが救われなくても
かまわない

あなたの体温を分かち合った
この血の流れる肉体と共に
魂が朽ち果てても
私はもう
かまわない

Thursday 13 January 2011

ざくろ

隣人の庭にざくろの実がなった
殻のように厚い皮が裂け
こぼれるように
赤い実が熟す

それをひとつ分けてもらう
乾燥した固い皮を
包丁に力をかけ二つに割ると
水々しい小さな粒がはじけた

丁寧に薄皮を取り除き
口に入れると
果汁が口の中に溢れる
舌にざらつくような
さらりとした甘さ

いつもざくろ特別な果物のように感じていた
妙な情熱やら
怨念を感じ
ただの罪のない果物に
なぜ心惹かれるのだろうと思っていた

すると隣人は
鬼子母神の話をした

皮は赤子の肌の色
こぼれる赤い実は
赤子の肉
そして滴る無邪気な血

いつ誰が
赤ん坊を食らうことを
ざくろに重ねたのか

汁を口の中にゆっくり含み
かすかな渋さに
赤子の血の味を遠く思い出す

Tuesday 11 January 2011

遅い登校

医者に寄った朝
学校の前に車を停めて
娘を下ろすと
ハッチバックをあけ
カーブーツの中からかばんとコートを
自分で取り出した

窓を開け
「ついていこうか。
一人で行ける?」
そう言いかけると、
別の少女が近づいてきた

娘はぱっと顔を輝かせ
その子と話を始める
こちらへは見向きもせず
バイバイすら言わず
並んで学校に向けて歩き出す

その後姿をミラーで見つめ
その無礼さに
わざとらしくチッと舌打ちする
そして
こうして自分は不要になっていくのかと
にんまりと笑って
ギアをバックに入れる

Friday 7 January 2011

秋の猫

昨夜の雨がやみ
太陽が輝いた秋の日の午後
庭を歩く
日は傾き
風はぴたりとやみ
木も枝も草も
息を潜め
秋の静寂に耳を済ませる

猫が一匹
畑の隅に座る
土の匂いを嗅ぐわけでもなく
獲物を狙うわけでもなく
ただ草原のかなたを見つめている

季節の変わり目を感じ取るように
しっとりと広がった空気を
身になじませる

わかってるよ
心が凛としてるのだろう
この美しい時間を
ささやかにでも
取っておきたいのだろう

立ち去る私の足元に
猫は音も無く擦り寄る
その一瞬の友情を
ありがたく思う