Monday 19 October 2009

関係

抱き上げると
まずはおとなしく手に収まる
そしてゆっくりと辺りを見回す
私には見えない何かに視線を止め
にゃあと鳴いて
音も立てず
ふわりと腕から飛び降りる

猫は外から帰ってくると
私のほうにまっすぐやってくる
ハローハローと
何度も甘い声で鳴き
ハローと返事をすると
もう別のソファーに座り
毛づくろいをはじめている

何かの温度を感じたくて
柔らかい首に下をなでる

あなただって
まんざら私のことが嫌いでもないのでしょ

猫は私を見る
目を細くして
のどをごろごろ鳴らす

しばらくすると私は飽きて
席を立つ
すると猫は
やっと行ったかというように伸びをして
また丸くなって眠る

Monday 12 October 2009

引き潮

海の底を歩く
水深は1センチ
海に追いつこうと
水は足の下をすべり抜ける様に引いていく

水平線まで続いているかのような
遠浅の砂を踏みしめながら
海へ向かう

幾重にも描かれた
海底のタペストリーは
水に洗われて
自慢げに姿をさらす

夕方の強い光は
まだまだ今日が十分に残っていることをほのめかし
わたしは
心がわくわくするのを隠せない

光!
光!
光!

この遠い欧州の秋にも
夏の残影は
まだたっぷり残っているのだ

引いていく波に足を洗われながら
早く早くとせかされ
私は海へと足を速める
駆け足になり
息が止まるような冷たい水に服を濡らしながら
さぶさぶと海を進む

Sunday 11 October 2009

泳ぐ

地上での暮らしに疲れると
水の中にもぐる
ゆっくりとしたペースで
プールを往復する
水底の黒線は
私の行く手を迷うことなく指し示す

水の中の世界では
光は千々に踊り
地上の喧騒も
そこまでは届かない
時間が流れ方を変える

次第に
体温は水と同化する
羊水の中では
どこからが体でどこからが水なのか
わからなくなる

空を飛ぶような
なめらかな努力で
泳ぎ続ける

2つの世界のちょうど交わるあたりで
わたしは水面に上がるのをためらう
もう少し息を止めて
この世界にとどまりたい

あともう少し
あともう少し
息を止めて
もうちょっと

突然
はじかれたように水面に飛び出す
大きく息をついで
心臓の激しさに驚く

体をぶるっと震わせて
プールの底を探して足がもがく

生きているのだ
水の世界に2分ととどまれぬほど
わたしは生きることを欲しているのだ


命はそんなにも激しい力で
わたしを地上界に放り出すのだ

Tuesday 6 October 2009

死んだ翌日

死んだ翌日に
あの子は私のところにやってきた

寝苦しい夜明け
きっちり6.00AMに目が覚める
そして再び目を閉じると
そこにあの子はいた

もう痛くないないから大丈夫
心配要らないよ
あつこもがんばって

そういって笑った

弱々しい冬の朝日が差し込み
再び目を覚ます
ああ夢だったのだなあと
その朝は思った

今ではあれは夢ではなかったと思う

わたしの心が映し出した影は
わたしの中に入り込んだ
あの子の心だったのだろう

あの朝以来
あの子はやってこないのだが
それでも時々
強く存在を見せる

おそろいのペンダント
わけもなく昨日
首から落ちたよ

携帯

携帯に電話したら
ご主人が出た
彼の声を聞いて察しがついた
「ああ、厚子さんですか」と彼は言った
今まで一度もあったことのない人なのに
優しい親しみのこもった声だった

「今日の早朝、逝きました」

命ある世界に踏みとどまろうとしながらも
少しずつ彼女は
死の世界に足を進めていた
こちらとあちらの世界の
薄い薄い壁の向こうに
半分溶けていくような彼女を
わたしは強引に引っ張り出し
たったおととい
病院の近くのファミリーレストランで
食事をしながら
他愛ない昔話を交わしたのだった

病院の入り口で
その夜さよならを言うときに
どちらからともなく手を差し伸べて
握手した
抱き合ってキスする習慣のない私たちには
精一杯のことだった

命とはしっかりと形あるもので
そんな風に確実に手に握れるものだと
わたしは思い込んでいたが
彼女はただ
強く脈打つ私の手の
温かさを感じたかったのかもしれない


そして
「もう時間だから」と
笑って手を振って
病院のドアのむこうを
振り返らずまっすぐ歩いて行った

それが最後になることを
わかっていながら
もう言葉を交わさなかった

Sunday 4 October 2009

9月


日陰を選びながら
アスファルトから湧き上がる熱の中を
30分歩いた
近づくごとに膨れる歓声を聞きながら
毎日のように通ったプールは
もう閉めてしまった

調子に乗って何匹もセミを捕った
虫かごに入れたまま
それをベランダに放りっぱなし
昼ごはんを済ませると
もう全部死んでいた
朝セミの声で起こされることももうない

わたしの最後の夏休みはいつのことだったのか
そのときにはそれに気づかず
夏の日を無為に過ごしたのだろう
暑さにすっかりくたびれて
不用意にも
秋風を待ちわびたのだろう

ひとつ夏が去るごとに
自分が少しだけ褪せていくことに
気がつきもせず
その失われるものの意味もわからず
当然のごとく
季節を跨いでいったのだろうか

明日からはまた
子供たちの学校が始まる

Friday 2 October 2009

新じゃが

ガーデンフォークを
そっと地面に埋め込ませ
力をうまく、微妙にかけて
土を持ち上げる

あった
あった
七つ、八つ
卵くらいの大きさの
今年初めてのジャガイモ

たった3ヶ月前に
そっと土深く埋めた
お母さん芋が
沢山の子供をうんだ
土の中に手を入れて
指で泥をこすり落とす
匂いをかぐ

ナメクジに食べられた
フォークが刺さって割れている
丸いの長いの
大きいの小さいの

晴れた日と
雨の日と
風の日の
空気がしっとりと混ざりあい
奇跡が出来た

その命を私たちはもらって
また命の奇跡がつながっていく