Wednesday 14 December 2011

10月31日、雨


日が落ち暗くなった誰もいない家に帰る

車から家までの短い距離を
雨に打たれ早足で歩く

ハロウィーンのこの夜
子供達の仮装も
白く塗られた
魔女やドラキュラの顔も
雨でべったりと
流されることだろう

高い嬌声にかわり
雨が道を流れていく音が聞こえる

台所のテーブルから
昨夜彫ったかぼちゃのランタンを持ち上げ
ろうそくに火をともす
そっと外に運び
風雨のあたらない
軒先に置く

静かなくらい空に
浮き上がるオレンジの光

昨日買ったお菓子を大きなかごにあける
この雨の中を
万が一
勇敢な小さなお化けが
ドアをノックしたときのために

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Wednesday 9 February 2011

雉も鳴かずば撃たれまい


ぽん
ぽん
ぽん

雲の立ち込める冬の午後
しんなりと冷えた空気に響く

ぽん
ぽん

乾かない洗濯物を取り込みながら
耳にするその音には
金属の響きはない
拍子抜けするほどに日常的な
動物的なその音が
銃の音だと気づいたのは
しばらくしてからだった

ビーターと呼ばれる子供や若者が
藪の中で草を打つと
驚いた雉は
ここっ
ここっと
哀しげな声を上げる

それを合図に
ハンター達が銃を撃つ

たった一握りの米と小豆を盗んだために
病の娘に食べさせようと
蔵に忍び込んだために
人身御供になった男がいた

やっと病床から上がり
まりをつきながら
あずきまんまはおいしかったと
口ずさんだために
父親を失った幼い娘は

雉も鳴かずば撃たれまい

そうつぶやくと
二度と口を開かなかった

遥かな異国の地で
私は湿った洗濯物を手に
雉の飛び立つ音を聞く

ぽん
ぽん
ぽん
ぽん

迫力も殺意も生半可に
物憂げに響く銃声は
田舎の冬の景色の中に
ふやけてすいこまれる

ハンター達は雉をランドローバーに放り込み
暖炉の火ととウイスキーを求めて
パブに向かって歩いていく


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Tuesday 8 February 2011

脱水機の甲高い金属音
食器洗い機の中でぶつかるワイングラス
コンピューターのファン
熱帯魚の水槽のフィルター
冷蔵庫のひくくうなる音

ソファーに寝そべる猫に耳を押しつけると
目を開けてちらりとこちらを見る
ごろごろという
愛しい生命の音

こうして誰もがねじを巻く
エンジンを規則正しく
うならせる

心臓のどくどくという音さえ聞こえない
音のない世界を想像する
それに憧れ
それを恐れる

リズムのない世界
時の流れない世界

耳を澄ませる
静寂の中に手足を広げ
空気をかき回す

そこでは空気すら濃度を失う
四肢が空気と溶け合い
空気は景色と混じり合う
よどんだ動きのない静けさ

その重いぬかるみを
体になじませる

そこで聞く音が
耳に響く
いつまでも緩やかに
耳からからだにひろがる



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Friday 4 February 2011

古い本

本棚から古い本を手に取る
ぱらぱらとページをめくり表紙を返すと
昔の友人からのメッセージがあった

Merry  Christmas
With a little help of this book

15年も前のクリスマスを
一緒に迎えた時のものだった

その時間のその場所に戻る
その時着ていたセーターの色まで
思い出せるのは
どこかに写真が
残っているからか

しんしんと冬の深い
デボンの大きなファームハウスで
大勢で過ごしたクリスマスだった
公衆電話まで
3キロも歩いたことや
一人で散歩に出かけ
道に迷ったこと
その道の静かさが
耳によみがえる

コンピューターのスイッチを入れ
名前を入れて検索すると
あっさりと彼女は見つかった
プロフィールを読み
簡単なメッセージを書いて
送信のボタンをクリックすれば
過去と今が簡単につながるだろう

コンピューターの前で
私はしばらく
川沿いの林を一人で歩く

暖炉の前の大きなソファーに座り
誰かの弾くギターの音を
いつまでもうっとりと聞く

ソファーにかけられた
毛布の肌触り
コーヒーテーブルに散らかった
ジャグリングボール
誰かが焚いたかすかに残る
サンダルウッドのお香の匂い




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Thursday 3 February 2011

蜘蛛の巣


車のミラーの蜘蛛の巣は
夜露に濡れ
早朝の光にきらめく

正確な編み手が
丁寧につむいだ
肉眼では見えないほどの細い糸

蜘蛛は巣を作るために
莫大なエネルギーをつかう
そして巣が壊れると
無駄にしないように
それを食べるという

蜘蛛の巣にかかった蝶を
放ってやったことがある
放したとて
羽が傷ついた蝶は
すぐに死んでしまうことは
知っていたものの
そのまま蜘蛛に食べられるのを
見ることができなかった

あのときの蜘蛛も
こうして
全力で緻密に
光をつむいだことだろう

さらに強まる光の中で
夜露は消え
巣はますます透明になる

かかることの無いエンジンの間近で
繊細に輝く光のタペストリーが
ひっそりと
獲物を誘い込む



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Wednesday 2 February 2011

スノードロップ


年が明けて間もない頃
スノードロップの花は咲く
いよいよこれから
本格的になろうかという寒さの中
もみの大木の下で
勇敢に
小さな花を咲かせる

枯葉や棒切れやツタの間に
今年も寒い朝
白いものを目にとめる
もしかしてと心をときめかし目を凝らすと
去年と同じ場所に
いくつかの白い花があった

木陰に咲く小さな花は
春が本格的にやってきて
木々の葉が生い茂る前に
冬至が過ぎなおまだ弱々しい冬の光を
貪欲に
独占しようとしているのだろう
季節を先取りしたいのは
人間だけではないのだ

白い花が次々と顔を見せ
この長いドライブは
あと2週間もすれば
スノードロップに覆われるだろう

裏庭のブラックベリーの茂みに
小鳥が数羽戯れていた
しんしんと冷え込む空気の中で
季節のねじが
確実に巻き込まれる


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Monday 31 January 2011

ライオン

猫がぷいと出て行ったあとの
ソファーのくぼみに触れる
温かさが残っているかと思ったのだが
小さな動物の体温は
すぐに消えていた

出て行った猫を探すことはできない
勝手口に立ち
大声で二度呼んだが
彼の耳には
届かないらしい

雑草や潅木が生い茂り
荒野となった庭を
堂々と
まるでサバンナのライオンのように
猫は歩いていく
そしてどこかに
姿をくらましてしまう

ある朝
猫は帰ってこなかった
前夜足しておいた餌も水も
口がつけられていなかった

ここが彼の家というわけでもなく
私に属すというわけでもない
ある日いつものように
ソファーから立ち上がり
のそのそと眠たげに歩いて戸口を出れば
私のところに
戻ってくる義務は無いのだ

長い草の間を歩く猫を想像する
身動きせず体を固くして
獲物を狙い
スプリングのようにすばやく襲い掛かっては
満足げにそれを食す姿を思い描く
柔らかい草に寝そべり
前足をなめては
丁寧に顔を拭く

そして家のほうを一度だけ振り返ると
隣の草原を目指して
歩き出す
そしてその先の荒野を目指して
そしてその先の荒野を目指して
どこまでも
生い茂る藪の間を抜けていったのだろう

心にさっと風が吹き抜ける
アフリカの温かい風が
遠くまで
遠くまで
吹き抜けていく



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Friday 28 January 2011

一月の風

窓際に並べられたクリスマスカードは
もう整然とはしていない
ドミノのように倒れたまま
いつの間にか部屋の風景になじむ

そのうちの一枚を手に取る
二週間ほどのうちに
すっかりしみこんだ楽しい気分を惜しむように
また一枚また一枚と手にとっては
カードを眺める

そしてそれを順番に重ねて
丁寧に分厚い束にする

窓際はクリスマスの暖かさを失い
居心地悪く
殺風景になる
ふっと息を吹きかけると
ほこりが舞い上がる
窓を大きく開けて
外の空気をさっと送り込む

その冷たさにはっと息をのむ
そしてはじかれたように急いで
次の窓も
その次の窓も
全部開け放つ
階段を駆け下りて
寝室にも
子供部屋にも
風を入れる

大きく息をしながら立ち止まり
手の中のクリスマスカードの束に気づく

すっかり寒くなった部屋で
それをどさりと
ゴミ箱に放り込む

Monday 24 January 2011

夜番

12時を廻るころに夜番をする
廊下の電気をつけ
子供部屋に忍び込む

もう布団をけることも
ベッドから落ちることも無くなった彼らの
呼吸を確かめる習慣は
今も続く

電池が切れたかのように
だらんとベッドに寝そべる姿は
数時間前より
ひとまわり小さい

誰かがこっそりドアを開けて
足音を忍ばせて入ってくる
それを知らない無防備さが
心をとがめる

さっと見回し
部屋を出る
明かりを消すかちりという音に
寝返りを打つのが分かる

愛しいものが
夜の暗さに拡がる
闇と交じり合い
私の皮膚に浸透していく

外は限りない星空
今宵も月は
幸福の影を
くっきりと映し出す

こより

あなたを他の人にとられる前に
私達が出会っていればと思う
今ならどうってことのない年の差も
その頃の私達には
大きく感じられたことだろう

まだ恋愛を夢見る頃に
二人が出会い
最初の恋人であったならと思う
そうすればすんなりと
何一つややこしいことなく
当たり前に結婚していただろう

結婚するまでには
たくさんけんかをし
嫉妬し嫉妬され
何度も泣いたことだろう

結婚してからは
せっせと晩御飯を作っては
深夜まで戻らないあなたを待っただろう
浮気を疑って
こっそりワイシャツの匂いを嗅いだかもしれない

突然激しく
どこかから
笑いがこみ上げてくる
自分の声の妙な音に
さらにおかしさがこみ上げて
ははははと笑っては
はっと我に返る

何年も遠く離れて
会えないことに慣れてしまった
私達の生活を思う
そして自分が案外けろりとしているのに
気づく

さっきあなたと電話をしながら
無意識でティシューで作ったこよりを
拾い上げる

それをゆっくり
丁寧にほどいて
窓の光に透かして見る

Monday 17 January 2011

マグダラのマリア

あなたの足に
香油を注ぐ
あなたを待つ運命を知る
あなたを失うことを知る

夏の夜の闇に
オリーブの木の下で
石榴がこぼれるように交わった
あの確実な肉体を
湿った肌を

今では
遠くに思い出す
手が届くかと思えば
するりと消えてしまう
ああ
幻のような記憶を

あなたの選ぶ運命を
許そう
わたしに背を向け
群衆に顔を上げるあなたを
許そう

私は立ち上がって
群集に混じり歩く
地面の
一つ一つの足跡をたどり
最期まで姿なく
あなたの後をついて行く

あなたが神の栄光とされ
私から完全に奪われてしまっても

あなたが救う世にあって
私だけが救われなくても
かまわない

あなたの体温を分かち合った
この血の流れる肉体と共に
魂が朽ち果てても
私はもう
かまわない